映画のくれた時間

約1500本の映画を鑑賞した小説家志望の男が、ネタバレなしで映画のレビューや解説を書いてます(たまにアニメ・ドラマ・小説も)。面白いおすすめ映画を探している人向けのブログ。

漫画『チェンソーマン』ネタバレなしの感想。デビルハンターになった少年を描く

■評価:★★★★★5 

 

「恐怖」



【漫画】チェンソーマンのレビュー、批評、評価

 

ファイアパンチ』『ルックバック』『さよなら絵梨』の漫画家・藤本タツキによる2018年公開のダーク・ファンタジー漫画。

 

悪魔と呼ばれる存在が日常に蔓延る世界。少年デンジは死んだ父の借金を返すべく、「チェンソーの悪魔」であるポチタと共に、悪魔を駆除する「デビルハンター」として生計を立てていた。ある日、デンジは仕事を斡旋していたヤクザに騙され、「ゾンビの悪魔」によって殺害されてしまうが、ポチタが心臓となったことで復活。「チェンソーの悪魔」へと変身する力を手に入れたデンジはゾンビの集団を一掃し、現場に駆け付けた公安のデビルハンターであるマキマに導かれ、その身を管理されることになる。

 


私は、藤本タツキ作品で一番最初に振れたのは『ルックバック』。
絵や漫画を書くことが好きな女子小学生の二人の主人公の物語。
京都アニメーション放火殺人事件などを題材としたセンセーショナルな内容で、発表当時は話題になっている。

『ルックバック』は本当に素晴らしい作品で、読後もしばらく余韻を引き摺っていた。
映画や小説を含め、私は今まで2000近い物語作品を目にしてきた。
その中で、読んだ後、鑑賞した後に放心状態となる作品は1%にも満たない。

今もオンライン上では無料で見られるので、未読の人は是非読んでもらいたい。

shonenjumpplus.com

今回、チェンソーマンの第一部が完結したので、ようやっと手を伸ばすことにした。
いやもう、面白すぎてびっくりした。
ここまでのクオリティの漫画を作れる人間が、再び少年ジャンプから現れるのかと。

私は、映画や小説、漫画を含む全ての媒体を含めた物語作品で、特に好きなのが冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』である。
一番は決めたくはないが、仕方なく挙げるとするならば『HUNTER×HUNTER』になる。
HUNTER×HUNTER』は少年ジャンプ連載漫画で、キャラクター、ストーリー、世界観のすべてが一級品。

私の印象として、冨樫義博は物語オタクの印象が強い。
一話完結のSFものである冨樫義博作品の『レベルE』は、多くのモチーフが確認できる。
例えば、「From the DARKNESS」という食人鬼が出てくる回は、徐々に人がいなくなるという設定がアガサ・クリスティのミステリー小説『そして誰もいなくなった』や映画『エイリアン』を連想させる。
他にも、日本の小説家の名前が登場人物の名前に使われたりと、冨樫の幅広いインプットが垣間見られる。
漫画家になるために仕方なく、ではなく、心から物語やゲームなどのエンタメが好きなんだなあと思わせられる。

話を戻すが、『チェンソーマン』を読んでいて、冨樫と似た印象を受けた。
作中に登場する、あまりに多くの映画や漫画のモチーフ群に驚かされる。
例えば、とんでもなく強いサムライソードという敵に金的を蹴り上げ、「オレ達からあなたへの鎮魂歌(レクイエム)です」といったセリフがある。
まさに『HUNTER×HUNTER』のシーンのパロディで、思わずテンションが上がった。
銃の悪魔が進軍する際の秒数表記の演出も、『HUNTER×HUNTER』のキメラアント編の応急突入シーンを彷彿とさせる。

クライマックスのビーチをシチュエーションとし、臍帯を模した鎖で繋がれるとあるキャラがいる。
これはゲームの『DEATH STRANDING』を連想させられる。
心が折れながらも、世界を守るため、ラスボスに挑む様は『エヴァンゲリオン』シリーズを彷彿とさせる空気感もある。

藤本タツキが影響を受けた作品のモチーフが、余すことなく、『チェンソーマン』に反映されているのは読んでいて楽しい。
本当にこの人は漫画や映画が好きで、子供の頃から水のように摂取してきたんだろうなあと感じさせられる。

冨樫のように緻密に作り上げたルールを説明するロジカルさに対して、藤本タツキはもっと感覚的。
おおざっぱな設定の世界観の中で、感情のままにキャラが動き回る物語って印象。
そのため、世界観の構築力は微妙だなって印象。
普通に悪魔が蔓延る世界なのに、女子供は平気で街を歩き回ってる。
通常であれば、法律か何かで何かしらの外出規制がされてもおかしくない。
じゃないと悪魔に命を奪われ、さらに悪魔は人から恐怖されて強くなる、といった悪循環になるから。
悪魔が出ない特定の時間は人が外に出てはいけない、みたいな世界観に沿ったルールを組み込んで欲しい。
だが、キャラクターとストーリーが魅力的で挑発的で読者の意表を突く演出の連続。
欠点を補ってあまりある魅力に溢れている。

他にもドライブ感が凄さにも言及したい。
チェンソーマン』は決して、完璧な物語ではない。
悪魔などの設定は若干、分かりづらい。
悪魔とは別に、魔人という存在がいる。
魔人は悪魔が人間の体を乗っ取った存在。
見た目は人間、中身は悪魔である。
さらにデンジは悪魔に心臓を捧げていうという例外の設定。
この辺りが複雑に感じて、序盤はしっくり来なかった。

さらに、人が恐怖を覚えると悪魔になるという設定も、非常に抽象的で分かりづらい。
劇中でも言及されているが、「コーヒーの悪魔は存在しない。なぜなら人はコーヒーを怖がらないから。だが車の悪魔は存在する。車のタイヤに轢かれてたら「痛い」と、人は連想するから」と。
とはいえ、人によって恐さの対象は異なる。
母親=優しいと思う人もいえば、母親=恐いと感じる人だっている。
なので、悪魔自体に具体設定があったら良かった。
○○すると、悪魔になる、のような。
人によって印象が異なるものを敵とすると、敵としての恐さを上手くコントロールでいないのでは?と思った。
人によってこの敵は恐いが、全くもって恐くない人もいる、という意味。

例えば、本作の最強の敵の一人に「闇の悪魔」が存在する。
確かに、闇は恐ろしい。
チョウチンアンコウの光が武器となるのは、闇の恐さを示す象徴である。
とはいえ、私は、闇よりも車とか刃物のほうが恐い。
私は目が見えるし、目を瞑って歩いたこともない。
だが、今の平和な時代は、歩道に点字ブロックがあったり、何なら多くの人が助けてくれるだろう。
今の時代、闇は本当に恐怖なのだろうか。

悪魔の設定は秀逸ではあるけど、読者が悪魔に対して、均一的に恐さを感じられる工夫をしてもらいたかった。
あと、闇の悪魔は特にフリもなかったので、あんまり戦いに興奮を覚えたりしなかった。
たっぷり魅力的なフリをきかせてくれた銃の悪魔との戦いのほうが、圧倒的にワクワクさせられる。

闇の悪魔に対して「人にとっての根源的な恐怖」みたいに、頑張って恐さを煽る設定があったが、あまり機能していないと思う。
ただ、週刊の漫画だし、すべてを完璧に仕上げるのは難しいので許容範囲である。

他にも、キャラクターが果てしなく魅力的。
チェンソーマン』に出てくるキャラクターは、ほぼ全員が感情のままに行動していく。
例え、悲劇的な展開があろうとも、決して歩みを止めることはない。
命を燃やして、己の使命に向かって突っ走る。
時には立ち止まることもあるが、起き上がる速度もまた速い。
そのため、読者は無理矢理でも引っ張られ、ぐいぐいとページをめくらされる。
藤本タツキの若さから来る熱量と勢いが絵に込められている感がたまらないのだ。

個人的には、キャラクターの一番のお気に入りはコベニちゃん。
何だろう、このいじめられる才能の塊のようなキャラは。
パワーとか、アキくんとかマキマとか姫野先輩とかとにかく魅力的なキャラで溢れている。
私の中でコベニちゃんは別格である。
物語の核となる展開にはあまり重要ではないコメディ要員。
メイン・キャラに比べ、少し外れた立ち位置にいながら、場を盛り上げてくれる最高の存在。
たまにストーリーの進行の背中を押したりして、美味しいところも持っていくのもコベニちゃんらしい。

こんな物語、そうそうはない。
素晴らしい作品に出会えて、心の底から私は幸せを感じられた。

 

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チェンソーマンの作品情報

■著者:藤本タツキ
Wikipediaチェンソーマン(ネタバレあり)
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