映画のくれた時間

約1500本の映画を鑑賞した小説家志望の男が、ネタバレなしで映画のレビューや解説を書いてます(たまにアニメ・ドラマ・小説も)。面白いおすすめ映画を探している人向けのブログ。

小説『慟哭』ネタバレなしの感想。連続する幼女誘拐事件を追う刑事と新興宗教にハマる人物を描く

■評価:★★★★☆4 

 

「家族」



【小説】慟哭のレビュー、批評、評価

 

『乱反射』『愚行録』の著者、貫井徳郎による1993年刊行のミステリー小説。

 

連続する幼女誘拐事件の捜査が難航し、窮地に立たされる捜査一課長。若手キャリアの課長を巡って警察内部に不協和音が生じ、マスコミは彼の私生活をすっぱ抜く。こうした状況にあって、事態は新しい局面を迎えるが……。

 


『慟哭』は、ミステリー小説好き界隈では、叙述トリックが用いられた有名な小説の一冊。
叙述トリックは、良くあるミステリーの物理トリックとは異なり、文章のテクニックによって読者をミスリードすることで成立させるトリックを指す。
例えば、文章上では若者と見せかけて、実は老人だったとか。
あるいは女性の口調のキャラクターが実は男性だったとかが、主な叙述トリック例の一つ。

例を挙げるなら、綾辻行人十角館の殺人』、我孫子武丸『殺戮にいたる病』、アガサ・クリスティアクロイド殺し』、殊能将之ハサミ男』辺りの作品が該当する。

文章のみでストーリーを語る小説ならではのトリックで、基本的には映像化はできない類となる。
文章上では男と見せかけているのに、映像で該当のキャラを見せたら本当の性別が分かってしまうから。
※離れ業を使って、見事に映像化を成立させている稀有な作品もある。
例えば、乾くるみの『イニシエーション・ラブ』を、TVドラマの『トリック』や『SPEC』を手がけた堤幸彦が、見事に映像化を成功させた。
厳密には、原作者の乾くるみ叙述トリック部分に対して、映像化に適したアイディアを思いつき、プロデューサーか誰かに提案し、通って映像化に至った経緯がある。

個人的に、叙述トリックはあまり好みではない。
理由は簡単で、多くの作品が叙述トリックを成立させるための文章を作っているせいで、物語としてのドラマ性を希薄に思えてしまうから。
叙述トリックはネタばらしには確かにビックリさせられる。
イメージしていたものが、まるで天地がひっくり返ったかと思うくらいに、真逆の展開を見せてくれるから。
だが、面白いのはトリックが明かされた箇所のみ。
ミステリーにおいて騙される快感を楽しむことはできるが、「すべての文章は叙述トリックを決めるために作られている」と私は思ってしまい、ドラマ性が皆無に感じられ、読了後としての満足感が薄い。
そのため、記憶としてあまり残らない作品が多い。

個人的には、尾を引くような読後感を与えてくれる、深いドラマ性を持った物語が好きなので。

前置きが長くなってしまったが、本作の感想に移る。
意外と悪くない読後感だった。
というのも、本作で特徴的に語られるストーリーの一つに、カルト宗教に入り込む主人公が描かれる。
松本という主人公なのだが、宗教にハマっていく様が異様にリアルなのだ。

冒頭、どうやら松本は無職で、何か暗い陰を抱えている様子。
そんな松本が道ばたで、とある美しい女性に「幸せですか?」と、唐突に、不思議な質問をされる。

不幸に遭い、どんよりしている松本の前で、彼女は目の前で、熱心に幸せを祈ってくれた。
彼女と、一度は別れるが、もう一度会いたいと願い、彼女を探すように宗教の門を叩くのだ。

宗教に入ってからもまた面白い。
松本が入信した白光の宇宙教団は、そろばんでいう級のような階級が存在する。
教団に身を捧げば捧ぐほど、級が上がっていく。
さらに上のほうに上がっていくと……。

みたいな感じで、カルト宗教の内部事情のディティールがやけに生々しく描かれる。
臨場感に溢れ、貪るようにページを捲ってしまった。

キャラクターやカルト宗教の設定などがとても細かく描かれているので、叙述トリック抜きにして、ドラマとして良く描かれている。
詳細はネタバレになるのでふせぐが、松本がと行動を起こす動機の1つ1つが非常にリアリティに溢れていて良かった。
感情移入できる素晴らしい物語だった。
正直、叙述トリックの部分は途中まで読んでいて何となく想像がつく。
というのも叙述トリックはいかに読者を欺くか、といったところに主眼を置かれているから。
そう考えると、自ずと回答は絞られてくる。
だが、本作において、叙述トリックはおまけレベルである。

欠点という欠点も特に見当たらない。
しいていうなら、そんなに機能していないキャラが複数いる点。
あと、やたら冒頭、文章が硬いのが気になる。
とはいえ、全体的には読みやすいし、ほぼセリフだけのページも多いので読みやすい部類だった。

小説だけにしかない、魅力的な作品は多い。
多くの人に手にとってもらいたい一作。

 

■登場人物一覧
佐伯:主人公の警察、元法務大臣の押川英良の隠し子
石上恒也:警視、警察庁警務局監察官
丘本重雄:警視庁刑事部捜査第一課所属、警部補
斉藤奈緒美:昨年十二月十日に行方不明になった少女。遺体で発見される
香川雪穂:昨年10月末十五日に疾走した少女。未だに行方不明
甲斐健造:警視庁刑事部
谷尾:丘本の高校時代の後輩で、東都新聞の事件記者。丘本がシンパ(公表していない情報のリーク者の意)
篠伊津子:佐伯の愛人
多田粧子:4才の少女

松本:もう一人の主人公
胡泉翔叡(こいずみしょうえい):白光の宇宙教団の教祖
川上基治:白光の宇宙教団、フィロソファス
北村沙貴:白光の宇宙教団、松本に声をかけた女性
志摩:白光の宇宙教団、痩せこけた男
荒井:白光の宇宙教団、沙貴が好き

 

 


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慟哭の作品情報

■著者:貫井徳郎
Wikipedia貫井徳郎
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